大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和57年(オ)1017号 判決

上告人

菅原透

右訴訟代理人

渡部修

被上告人

大山幸市

右訴訟代理人

小山田久夫

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人渡部修の上告理由について

原判決は、(一) (1) 早坂栄三郎(以下「早坂」という。)は、昭和四六年九月一〇日以降農機具類の販売を目的とする株式会社三和商会(以下「三和商会」という。)にセールスマンとして勤務していたところ、上告人及び被上告人は、昭和四九年七月三〇日三和商会と、早坂が三和商会に対し損害を加えた場合には、本人と連帯して賠償の責に任ずる旨の身元保証契約を締結した、(2) 三和商会は、早坂の使込みにより五九五万八〇一三円の損害を受けたため、上告人のみを被告として仙台地方裁判所に対し、本件身元保証契約に基づく損害賠償を求める訴えを提起したところ、同裁判所は、昭和五五年九月一七日、早坂が三和商会に加えた損害の額を前同額と認定したうえ、身元保証に関する法律(以下「身元保証法」という。)五条を適用して、三和商会においても被害を防止するための処置をとる余地があつたこと、上告人が身元保証をするに至つた事情、早坂の不正行為が長期間、多数回にわたつていること、三和商会が被上告人に対しては身元保証人としての責任を追及していないこと等の一切の事情を考慮して、上告人の賠償すべき額を三〇〇万円と定め、上告人に対し、右三〇〇万円及びこれに対する昭和五一年一〇月一〇日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を命ずる判決をした(以下「前訴判決」という。)、(3) 上告人は、前訴判決に従い三和商会に対し、昭和五五年一〇月一〇日右賠償すべき額三〇〇万円及び四年分の遅延損害金六〇万円を弁済した、(4) 三和商会は、その後被上告人に対し、身元保証人としての責任を追及することなく現在に至つている、との事実を確定したうえ、(二) 裁判所が特定の身元保証人について身元保証法五条を適用して同人の賠償すべき額を定めた場合には、裁判所はすべての身元保証人に共通する諸事情のほか当該身元保証人に固有の諸事情をも斟酌すべきものとされているのであるから、これら一切の事情を斟酌して確定された賠償すべき額は、当該身元保証人固有の負担部分にほかならず、原則として他の身元保証人の負担部分を含まないと解すべきであつて、身元保証人が裁判所の確定した賠償すべき額を使用者に弁済しても、他の身元保証人に対する求償権は原則として発生しないものであり、例外的に、裁判所が複数の身元保証人に対して連帯支払を命じた場合とか、身元保証人が自己の負担部分を超える額を使用者に支払つた場合等でなければ身元保証人相互間に求償関係が生ずることはない、との理由のもとに、本件において、三和商会が被上告人に責任を追及する意思が全くみられないこと、前訴判決が上告人にかかわる一切の事情を斟酌して三和商会の全損害額の五割強である三〇〇万円の限度で上告人の賠償すべき額を定めたこと等にかんがみると、本件事案は右例外的場合には該当せず、右賠償すべき額は、上告人自身の負担部分にほかならず、被上告人の負担部分を含まないと解するのほかはないとして、被上告人に対し、自己の弁済額の二分の一に当たる一八〇万円及びこれに対する前記弁済日以降完済に至るまでの法定利息の支払を求めた上告人の本訴請求を棄却すべきものであるとしている。

しかしながら、二人以上の身元保証人との間で連帯保証の性質を有する身元保証契約を締結していた使用者が、被用者の行為により被つた損害につき各身元保証人に対してその賠償を請求し、裁判所が、身元保証法五条を適用して、身元保証人ごとに賠償すべき額を定めたときは、各身元保証人は、被用者が使用者に対して負担している主たる債務が存在する限り、各自について具体的に定められた賠償すべき額の限度で保証責任を負うものというべきであつて、各身元保証人の賠償すべき額の合算額が主たる債務の額を超えない場合においては、身元保証人が、自己の賠償すべき額の範囲内で使用者に弁済したとしても、他の身元保証人に対し求償することはできないが、右の合算額が主たる債務額を超える場合においては、身元保証人相互間の負担の公平を図る必要があるから、身元保証人の間に、各身元保証人の賠償すべき額の割合に応じて主債務額を按分した額をもつて各自の負担部分とする共同保証関係が成立し、したがつて、使用者に対し自己の負担部分を超える額を弁済した身元保証人は、民法四六五条一項の規定により、右超過額について他の身元保証人に対し、その者の負担部分を限度として求償することができるものと解するのが相当である。そして、身元保証人の一人(以下「身元保証人甲」という。)が、被用者の行為により使用者の被つた損害の一部につき、使用者に対し賠償すべきことを命じる判決を受けてその履行をしたが、使用者が他の身元保証人(以下「身元保証人乙」という。)に対して賠償の請求をしないため、これについての裁判が未だない場合においても、右の理は等しく妥当するものというべきであり、このような場合に、身元保証人甲が身元保証人乙に対し求償するために提起した訴訟においては、身元保証人乙につき身元保証法五条所定の事由の存否、程度を審理判断して、身元保証人乙が使用者に対して賠償すべき額を定め、その結果、身元保証人甲、乙の賠償すべき額の合算額が主たる債務の額を超えない場合には、身元保証人甲は身元保証人乙に対し求償することはできないものとし、右合算額が主たる債務の額を超える場合には、身元保証人甲、乙の各賠償すべき額の割合に応じて主債務額を按分して甲の負担部分を確定し、身元保証人甲が右負担部分を超えて使用者に弁済した額につき、身元保証人乙の負担部分の限度において、身元保証人甲の請求を認容すべきである。そうすると、原審としては、被上告人につき身元保証法五条所定の事由の存否、程度を判断し、被上告人が三和商会に対して負担すべき賠償すべき額を定め、上告人の被上告人に対する求償権の有無又はその額を判断すべきものであつたというべきであり、これと異なる見解に基づき、上告人が三和商会に弁済した額は身元保証人としての自己の負担部分にすぎず、上告人の被上告人に対する求償権は発生しないとした原判決には、法令の解釈適用を誤つた違法があるというべきであるが、原審の適法に確定したところによると、上告人は、早坂の妻の実兄であつて、早坂らの依頼により本件身元保証契約を締結したものであり、早坂と右のような身分関係にあつたことから、早坂の性格、財産状態、生活態度等を把握し助言指導を行うことが容易な立場にあり、三和商会も上告人の早坂に対する指導監督を期待していたこと、被上告人と早坂とは顧客とセールスマンという関係であるにとどまり、それ以上の親しい交際があつたわけではなく、被上告人が早坂の身元保証人となつたのは、三和商会の内規上身元保証人が二人以上必要とされていたため、これに合わせるため形式的に名前を連ねたに過ぎず、被上告人自身早坂を指導監督し得る立場にもなければ、同人を指導監督する意思もなく、また、三和商会としても、被上告人が早坂を指導監督することを期待していなかつた、というのであり、右事実関係のもとにおいては、早坂が三和商会に対して加えた前記損害五九五万八〇一三円につき、被上告人が三和商会に対し賠償すべき額は、上告人のそれを格段に下まわるものであり、上告人及び被上告人の各賠償すべき額の合算額は、右五九五万八〇一三円に達しないことが明らかであるから、前記の説示に照らし、上告人の被上告人に対する本訴請求は理由がないことに帰し、したがつて、原判決の前記違法はその結論に影響を及ぼすものとはいえないから、原判決は、結局正当というべきである。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、三九六条、三八四条二項、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(角田禮次郎 谷口正孝 和田誠一 矢口洪一 高島益郎)

上告代理人渡部修の上告理由

原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令解釈の誤まりないし事実認定の誤まりがある。

一、身元保証契約につき複数の連帯保証人がある場合、使用者が身元保証人に対しいくらの賠償額を請求できるかを定めるべき裁判所は、使用者の過失の有無ないし程度という使用者側の事情を一方におき、これと対比して複数の身元保証人の事情を全体として身元保証人側の事情として他方におき、その両方の均衡を失しないように勘案して具体的な賠償額を定めることになるものである。

すなわち、仮に使用者が複数の身元保証人の一人だけを相手に訴訟を提起したとしても、裁判所は、訴訟の場に登場しない身元保証人の事情をも考慮し、全体としての身元保証人側の事情と対比した使用者側の監督上の過失の程度なる事情を勘案し、全体としていくらの賠償額を使用者に認容するのが妥当かという面から判決することになるのである。そして、もし、複数の身元保証人の間で損害賠償額の負担割合を定めるべき事情の軽重が不明なときは、原則により平等割合を負担すべきとして取扱うのが民法の趣旨に適うことになる。少なくとも、訴訟告知を受けて具体的に裁判の場で自己の事情を主張立証し得る場を与えられたにもかかわらずその主張立証をしなかつた者については、裁判の場で事情を訴えた者と同じ負担割合を負わなければならないと取扱われてもなんら不公平でない。

二、原判決は、理由の第二項において、「これら一切の事情を斟酌して確定された賠償額は、当該身元保証人固有の負担部分に外ならないというべきであつて、原則として他の身元保証人の負担部分を含まないものと解するのが相当である。」として右第一項の考え方を否定している。しかし、これは決して相当でない。このことは次のところから直ちに明らかである。

本件の場合、別件判決(仙台地方裁判所昭和五二年(ワ)第一一三号)は、理由第三項において「原告は他の身元保証人には請求していないことなどの一切の事情を考慮すると、被告の賠償すべき損害額は金三〇〇万円が相当である」として、請求金額の金五九五万八〇一三円の五〇%強の支払いを命じた。しかし、右判決が、もし原判決がいう如く被上告人に対し関係がない(すなわち、既判力が及ばない)とすれば、三和商会はその後に(上告人から支払いを受けた後でも)被上告人に対し身元保証人としての責任を追究して別訴を提起することは許されることになる。そして、もしそれを審理した裁判所がそこでの被上告人の責任が前訴での上告人の責任と同じ程度と判断したとして、被上告人にも金三〇〇万円の賠償責任を認めるとすると、三和商会は使用上の重大な過失があるにもかかわらず、全請求金額から前訴で支払いを受け終つた金三〇〇万円を引いた残金二九五万八〇一三円の支払いをさらに受けることができることになり、結局満額の支払いを受け得ることになつて極めて不合理なことになろう。あるいは、裁判所は、使用者にも五〇%程度の過失があると判断し、本来なら後訴の身元保証人も金三〇〇万円を支払うべきだが、すでに使用者は前訴で金三〇〇万円の満足を受け終つているからもはや請求できないとして請求を棄却するのであろうか。そうすると、先に裁判を起こされた者のみ損害を被り、後訴の身元保証人は不当に利益を受ける結果になり、これも極めて不合理であろう。

したがつて、右のような不合理を避けるためには、全体としての身元保証人側の事情と対比した使用者側の過失に重点をおいた事情を考慮したうえで、全体の身元保証人側に請求できる使用者の賠償額を動かせないものとして確定する必要があるのである。そして、この必要性は、本件の如く、使用者が訴訟外の身元保証人には請求しないと裁判所に申し出ているとき、右身元保証人が訴訟告知を受けているとき、より一層妥当する。

三、右の理由のほか次の点も本件につき特に考慮さるべきである。

身元保証契約は、身元本人自身が負担する損害賠償義務について民法上の保証人としてこれを履行すべきことを約する契約であることが原則であり、したがつて、現実に生じた身元保証人の賠償責任については民法の保証債務の規定が適用され、また、連帯して身元保証人となつた数人の者は分割の利益を有しない(大審昭和六年六月二六日民五判・昭和五年(オ)三二一〇号・新聞三三一六号一七頁、最高昭和三四年一二月二八日第二小法廷判決民集一三巻一三号一六七八頁)。

また、具体的事案についての右の一般原則の適用を不当と主張立証したい者はその特段の事情を裁判所に訴えるべきところ、もし当該裁判の場でそのように訴える機会があつたのに訴えなかつた者は一般原則の適用を受けてもやむを得ないというの外はなく、この理は訴訟告知を受けた者にも当然にあてはまるというの外はない。

さらに、複数の連帯保証人(この中には身元保証人も入る)の間につき民法第四六五条第一項が適用ないし準用さるべきことは、確定した法律見解である。

最後に、身元保証法第五条の斟酌事由として最も重視されるべきものは、斟酌事由の冒頭に「被用者ノ監督ニ関スル使用者ノ過失ノ有無」とあることからも明らかなとおり、使用者の監督上の過失であるとして実務上において取り扱われている。しかるに、使用者が複数の身元保証人に対し複数の訴訟を提起することによつて全員に対し一個の訴訟を提起した場合に比し不当に利益を受けすぎることは、右同条の立法趣旨を濫脱することになつて妥当でない。

四、以上の次第で、前記別件判決は、正当にも、本件当事者の両身元保証人で負担すべき額として金三〇〇万円と定めた。換言するならば、本件については、使用者は全体として金三〇〇万円しか請求できないと確定した)ものであり、そうである以上、上告人は被上告人に対し、二分の一の金一五〇万円を求償できるものである。

五、よつて、原判決は、身元保証法第五条の解釈を誤まりひいては事実の認定を誤つたものであり、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、すみやかに破棄さるべきである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例